「制作工程 ①」、「制作工程 ②」、「制作工程 ③」、から続きます。
「紙貼り」が終わると、いよいよ「胡粉塗り」に入ります。
「胡粉」とは「牡蠣の貝殻の内側の白い部分を砕いて粉末にしたもの」です。
「胡粉」はニカワや水などと配合し、こなし、液状にし、何度も塗り重ね、
さらに磨くことによって、深みのある光沢が出る、大事な素材です。
この「胡粉作り」は伊東家では「秘中の秘」。
その配合は親から子にのみ受け継がれ、書き留めることも許されません。
季節、またその年の気候によって、微妙に配合を工夫し、
今日まで続いてきました。
しかし、今から20年ほど前、思いもよらぬことが起きました。
これまでの配合で塗り重ねられた人形、
その「顔描き」の段階、つまり完成直前にひびが入る・・・
ということが頻発したのです。
原因は住環境の大きな変化でした。
急速なエアコンの普及による建物内の乾燥。
これまでの適度に湿気を帯びた日本の生活環境に合わせて考えられた
配合では現代に対応できなくなったのです。
当代久重は苦心しながらも配合を研究し、なんとか危機を乗り越えました。
現在では家の中、美術館、百貨店の美術画廊、飛行機の中、あるいは海外・・・と
あらゆる環境の変化に耐えられるまでになっています。
そのおかげで2004年にはウィーンで初の海外展を開催することもできました。
重要な工程「胡粉塗り」、その最大の危機は意外にも近い昔にありました。
約30回、天日で乾かしながら、筆で塗り重ねた人形の表面は
筆目だけではなく、木目が胡粉の水分を吸うことでボコボコしています。
それをまた滑らかになるよう、根気よく磨きます。
昔は「鮫の皮」で磨いていました。今はサンドペーパーで磨きます。
細かく彫った桐の木の表面。そのギリギリまで磨きます。
「ギリギリまで磨くのに、なぜそこまで塗り重ねるのか?」
よく聞かれるのですが、実は明確な答えはありません。
ただし「塗り重ねたもの」と「塗り重ねなかったもの」との
仕上がりの違いは明らかです。
御所人形制作に最も大事といってもいい「胡粉塗り」、
作品の完成まで、登山でいうと「5合目」ほどの地点です。
「制作工程 ⑤」へ →